小6/歴史:「歴旅」さんとのコラボ (2)2018年豊島岡第2回→遣唐使②③

2021年08月(小6)

2021年8月26日(木)。

 

歴旅さんによる、娘への「歴史家庭教師」プロジェクトが進捗しております。娘だけ歴史に詳しくなって中学受験に合格しても面白くないので、2022年組のライバルも勉強になるように、歴旅さんに全て公開頂いております。最近の中学受験社会の歴史は、このレベルの深堀りがないと正答できない問題もあります。

 

イメージは、「サピックス社会の先生が授業中に話したい"余談"」です。

 

=quote=

■阿倍仲麻呂

 

遣唐使の中でもちょっと有名なのが阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)。彼は717年の第9回遣唐留学生なのですが、同級生には吉備真備(きびのまきび)などがいました。唐で最高に難しい科挙試験に合格してしまいます。

 

これってハンパない。中国人だって60歳になるまで受からないといわれるような超難関試験を、留学生が受かってしまうのです。そのまま玄宗皇帝に仕え、中国で仕事をします。文学畑の役職をしていたので、李白、王維など当時超有名な詩人たちと交流しています。

 

彼は35年も唐で働いていて、その間遣唐使も何回も来ているのですが、最後には日本に帰りたいと思ったのでしょう。ついに帰国します。この時玄宗皇帝は容易には許可を出さず、王維も「まじかよ、帰っちゃうのかよ!」と嘆き悲しむ歌を作りました。

 

そして彼は帰途暴風に遭い、難破してしまうのでした。李白はこの報を聞き七言絶句「哭晁卿衡」を詠んで仲麻呂を悼みました。

 

仲麻呂が漂流して付いた先はなんとベトナム。当時は安南と呼ばれていました。唐に帰ろうとするのですが755年安史の乱が勃発。内乱が始まっては帰るに帰れないので帰唐は断念。そのままベトナムで仕事を始めるのですが。

 

最終ハノイの安南都護府で安南節度使になりました。

 

節度使は軍事統括、徴税などもできるので、ぶっちゃけ中国から来たベトナム統治権者。まさか日本人がベトナムでそんなことしていたとは。そうとうすごい地位です。

=unquote=

 

 

 

 

★現時点の立ち位置:
・資源配分比率:中学受験90%、中学入学後10%
①公文:数学K20・国語K100で冬眠【2020年1月から】
②公文:英語KI/上位6%【2021年8月6日から】

 

にほんブログ村 受験ブログ 中学受験(本人・親)へ
にほんブログ村

 

Posted by senki