小6/歴史:「歴旅」さんとのコラボ (10) 2018年開成中学校社会①より 近現代史 日英同盟
2021年11月17日(水)。
「歴旅-中学受験難関校へのぶらり旅-」さんに娘向けの家庭教師としてコンテンツを製作頂き、それを2022年組に開放するプロジェクトです。みんなで歴史に強くなりましょう!
しばらく前に歴旅さんと話をしてコンセプトを決めましたが、「学力の上限が存在しない開成・桜蔭・渋幕の合否を分ける社会の1問に特化」した形で分析頂くことにしています。
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日英同盟に繋がったのが1900年中国での義和団事件です。
清朝の統治に対して民衆が大暴動。ロシアは混乱に乗じて満州に侵攻し、全土を占領しました。こうした中、北京にいる外国人を暴徒が襲い始めます。これを守り抜いたのが北京に滞在していた柴五郎大佐でした。彼は清国の味方を得つつ、様々な国の外国人を守りました。日本の見事な動きを信用してイギリスは日英同盟を結びます。これはこの時にイギリスがアフリカでの戦争に注力していてアジアに手を回せなかったという遠因もあります。ロシアは日英米の抗議に撤兵を約束していましたがイギリスが動けないのをいいことに駐留し続けていました。日英同盟を結んだ結果、ようやくロシアは撤兵開始しました。
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勉強になります。柴五郎大佐のことを、知りませんでした。
こちらのサイトが参考になります。会津籠城戦の経験が活きたとは、、、。歴史は面白い!
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外国人居留民らを救った柴五郎中佐の活躍
各国政府は暴徒鎮圧を要求したが、清国政府は義和団を利用して列強の力を弱めようという思惑から放置し、西太后は逆に清国軍に義和団へ協力する勅令を出したため、大掛かりな排外運動となり、清国軍も呼応して列国に宣戦布告し、公使館を攻撃したのである。
義和団と清国軍が協力して当時、北京の紫禁城東南地区の「東交民巷」にあった外国公使館区域(当時の中国は大使館より格下の公使館が開設されていた)を攻撃した際、英国はじめ欧米列強と日本の居留民ら約1000人と、キリスト教徒の中国人避難民約3000人が立てこもったが、その攻防戦で8カ国からなる連合軍で最大の1万の兵を派遣した日本が最も優れた奮戦をした。一方のロシア軍は騒乱に紛れて満州を軍事占領してしまった。
各国公使館の武官や兵士のなかで日本の柴五郎中佐は階級が一番高く、実戦経験も豊富だった。何よりも幼少期に会津城籠城戦を経験していた。総指揮官として英国公使、クロード・マックスウェル・マクドナルドが就任すると、その経験と見識を評価していた柴五郎中佐に籠城戦の陣頭指揮を委ねた。
英語、フランス語、中国語に堪能であった柴五郎中佐は、連合軍の全てと息を合わせ、最も激戦となった地区を担当した日本軍を率い、公使館防衛に獅子奮迅の活躍を見せた。各国の外交官や婦人たちから感謝と尊敬を集めたが、とりわけ英国公使館が襲撃されたときには救援に駆けつけ、清国兵を撃退し、大いに感謝された。
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★現時点の立ち位置:
・資源配分比率:中学受験90%、中学入学後10%
①公文:数学K20・国語K100で冬眠【2020年1月から】
②公文:英語KI/上位5%【2021年8月6日から】









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