『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン)のレビュー
2021年5月1日(土)。
妻:「丸善で平積みされていたから、買ってみた。」
『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン/新潮新書)
妻が読む前に僕が読んでみました。
我が家では娘にはスマホは与えていません。どう考えても害悪しかないからです。「モノグサ戦記塾」と「旺文社の英語の友」のみ使える古いiPhoneは置いてありますが、娘が自発的に何かを検索することはできないようにしています。当然、iPadもありませんので、YouTubeを娘が見ることはありません。もっとも、妻も僕も、テレビゲームに興味ないからやらないし、テレビもうるさいのが嫌いなのでつけっぱなしにしません。ラジオも聞きませんね。改めて考えてみると、娘が生活している環境はテレビが普及する前の昭和みたいです。
『スマホ脳』を読むと、子供にスマホを持たせることのリスクが良く分かりますので、お薦めです。一言でいうと、「脳の報酬体系が狂い、集中力が劣化する」ですかね。とはいっても、スマホ無しの生活は厳しいものがありますので、「何がリスクであり、どう付き合うべきか」を考えることが大事だと思います。
中学受験の観点で注意すべき一節を紹介させて頂きます。
=quote=
p.142:デジタルな嫉妬
人間と同じで、サバンナザルにもはっきりした上下関係がある。サバンナザルでも人間でも、ヒエラルキーの中で自分の居場所を確立することは必須だ。その居場所が私たちの気分に大きな影響を及ぼす。セロトニンがヒエラルキーにおける位置と幸福感をつなぐ生物学的な橋になるからだ。上の地位から降りることえ精神的にやられるのはわかる。だが、少し立ち止まって、それがどういう意味を持つのか考えてほしい。他人と競争して負ける、特に地位が下がると、人は不安になり心の健康を損なう。なのに、現代の私たちは競争ばかりしている。スポーツで競う。数学のテスト結果で競う。フェイスブックやインスタグラムを通じても競い合っている。バカンスにいちばん珍しい場所へ旅行した人は誰?いちばん友達が多いのは?バスルームにいちばん高いタイルを貼ったのは?どの「部門」でも、勝つのはいつも自分以外の誰かだ。
だが、人間は今までもずっと競い合ってきたのでは?もちろんそうだ。しかし、今の競技場はほんの20~30年前と比べてもまったく別の物になっている。私が子供の頃は、自分を比べる相手はクラスメートくらいだった。憧れの存在といえば、手の届かない怪しげなロックスターくらいで。今の子供や若者は、クラスメートがアップする写真に連続砲撃を受けるだけではない。インスタグラマーが完璧に修正してアップした画像も見せられる。そのせいで、「よい人生とはこうあるべきだ」という基準が手の届かない位置に設定されてしまい、その結果、自分は最下層にいると感じる。
(割愛)
ヒエラルキーにおける地位が精神状態に影響するなら、この接続された新しい世界 – あらゆる次元で常にお互いを比べ合っている世界が、私たちの精神に影響を及ぼすのはおかしなことではない。
=unquote=
★現時点の立ち位置:
・資源配分比率:中学受験90%、中学入学後10%
①公文:数学K20・国語K100で冬眠【2020年1月から】
②公文:英語JII/上位6%【2021年4月9日から】









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