小6/歴史:「歴旅」さんとのコラボ (6) 2019年開成中学校社会より 豊臣秀吉⑨
2021年9月23日(木・祝)。
「歴旅-中学受験難関校へのぶらり旅-」さんに娘向けの家庭教師としてコンテンツを製作頂き、それを2022年組に開放するプロジェクトです。みんなで歴史に強くなりましょう!
しばらく前に歴旅さんと話をしてコンセプトを決めましたが、「学力の上限が存在しない開成・桜蔭・渋幕の合否を分ける社会の1問に特化」した形で分析頂くことにしています。
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2019年開成中学校社会
問13 下線部⑫について、豊臣秀吉が行ったことについて述べた分として正しいものを、次のア~エから1つ選び、以後上応えなさい。
ア 刀狩り令を出して、刀や鉄砲などの武器を農民から取り上げた。
イ 小田原の上杉氏を倒し、天下統一を完成させた。
ウ 朝鮮戦争に出兵したが、李舜臣(イスンシン)率いる水軍や、清の援軍に苦戦した。
エ 本能寺の変の後、明智光秀を桶狭間の戦いでやぶった。
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=quote=
刀狩り令の表向きの理由は、刀の平和利用で、仏像を作ったり梵鐘を作るなどの寺で金属が必要なため、その素材にするためでした。これ自体は実施されるのですが、主な目的としては兵農分離にありました。
先にも書きましたが、上杉謙信と武田信玄が川中島で何度も戦ったのは、田植え、稲刈りの季節が来ると武士は帰らなければならなかったからです。武士=農民だった。
その状態を変えるために、常備軍を作るために戦い専門集団としての武士を作った。これは織田信長も始めていましたが、刀狩りによってより明確化しました。
先ほどの逆で、当時は農民=武士でもありました。こうした農民は地侍とも呼ばれ、バカにならない戦力がありました。また、何かがあると一揆を起こす。そうなると食料生産も安定しないし、他国に攻め入る余力がなくなり内部に労力を費やします。
黒澤明監督の『七人の侍』という有名な映画があります。とてもいい映画なのですが、1点認識が間違っていたとすれば、農民は野武士がやって来たくらいで侍を雇わなければならないほど弱いわけではなかった、ということです。
百姓の一揆って、鍬(くわ)を持って戦うイメージがあると思いますが、普通に農民が槍や日本刀があったら?軍事教練も受けていたら?もともと川中島とかに遠征に行ってた一部が一揆を起こしたら?
=unquote=
歴旅さんの指摘は実に面白いですね。農民=地侍=強い。
それもそのはずで、戦へ駆り出されることで軍事訓練を受け、そして真剣での実戦経験があるわけですから。これを考えると、江戸時代前までの農民のイメージがずいぶんと変わりますね。
★現時点の立ち位置:
・資源配分比率:中学受験90%、中学入学後10%
①公文:数学K20・国語K100で冬眠【2020年1月から】
②公文:英語KI/上位5%【2021年8月6日から】








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