小5/博物館/158~171:小5/奈良ツーリングの訪問先

娘の博物館等の訪問

2020年10月4日(日)。

 

2020年9月21日(月・祝)、22日(火・祝)に、奈良県をツーリングしてきました。娘が奈良県に上陸するのは初めてです。そして、僕も今回訪問先は初めてです。秋晴れの中、良い経験になりました。実際に訪問しないと分からないことが多いですね。

 

 

 

 

・158:平等院

娘の強いリクエストがあり、訪問先に追加しました。もとは藤原道長の別荘です。なので、娘が確認したかったことは、「平安京からどのような位置関係にあるのか?」でした。宇治川の上流にあるので当時の往来は舟だったのか、牛車だったのか。鳳凰堂を正面からみる際には十円玉と比べたり、一万円札にある鳳凰と屋根にある鳳凰(レプリカ)を比べたり。敷地内にある「鳳翔館」は必見だと思います。国宝の「鳳凰」は見事。

 

 

・159:平城宮跡

「朱雀門ひろば」、「平城宮いざない館」、また平城宮跡を散策。妻曰く、「朝倉氏一乗谷みたいな発掘が進んでいるかとおもいきや、いまのところ、たんなる空き地なのね」。復元された遣唐使船は、見る価値があるのでお勧めです。しかし、原資料が殆ど残っていないということと、帆が「竹」だったことが僕の発見でした。「平城宮いざない館」では平城京に関する展示が豊富です。律令国家に成長していく過程が分かるので面白いです。一番の発見は、「平城宮跡として保存されたのは、平安京への遷都後、完全に忘れ去られ、田んぼとして使われたのでそのまま残った。詳細な場所が判明したのは江戸時代後半の調査と、明治期に入ってから。

 

・160:唐招提寺

平城宮の南西約1kmに位置します。唐から渡った鑑真の創設。まあ、これだけでも歴史の浪漫であり、国宝の金堂も素晴らしいが、歴史ファンとしては「講堂(国宝)」に注目ですね。説明は、「講堂は、(鑑真)和上が当寺を開創するにあたり平城宮東朝集殿を朝廷より賜り移築したもので、平城宮唯一の宮殿建築の遺構」。つまり、講堂を見るということは、平城宮の建物を見ていることになります。そして、面白いのは、鑑真のお墓ですね。当時のままに残っています。

 

・161:東大寺

鹿せんべいに飽きた鹿たちと遊びながら、ならまち→東大寺へ徒歩。東大寺南大門の金剛力士像ですが、何の解説板もなかったのが少し残念。でも、見れば、阿吽(あうん)のどちらがどちらなのか、分かりますね。東大寺大仏殿の大きさもさることながら、聖武天皇の大仏は圧巻でした。一番面白かったのは、麒麟が来る、でまさにやっている「永禄10年(1567年)の三好・松永の乱」で、東大寺は燃えた、ということ。残ったのは、「二月堂、法華堂、南大門、正倉院など」。つまり、信長がやってきて正倉院の蘭奢待を切り取ったときには、東大寺の建物は焼け跡だったようだ、ということです。

 

 

・162:春日大社

東大寺からひたすら歩いたので、結構疲れました。ここは娘のリクエスト。本殿は国宝。娘は、暗闇に浮かぶ灯篭に感動していました。

 

 

・163:興福寺

営業時間が終了していたので、外から観察。1日目、終了。

 

 

・164:法隆寺

2日目の最初。早朝に行ったので、人が少なく、最初はほぼ独占できました。最初に目に入った光景に痺れました。法隆寺で働いている方に、金堂壁画が昭和24年(1949年)に焼損した経緯などを根ほり葉ほりきいて、勉強させて頂きました。娘も、この教訓がもとになり、文化財保護法が制定されるにいたった経緯を把握。法隆寺の見どころはたくさんありますが、中学受験の観点で外せないのは「玉虫厨子」の実物が見られることかな、と思いました。

 

 

・165:飛鳥寺

渡来系豪族の蘇我馬子が588年に発願し、596年に創建された日本最初の寺です。日本の仏教はここから始まりました。当時は100m x 100mくらいの巨大な伽藍でした。609年に造られた飛鳥大仏も面白いですが、近くに蘇我入鹿の首塚があります。

 

 

・166:奈良県立万葉文化館

ランチはこちらで頂きました。コロナ対策で展示の大半が閉鎖されており、ちょっと残念でした。しかし、発掘現場が現在の地上から深さ4mの位置にあることなどが観察できます。

 

 

・167:飛鳥宮跡

ここで大化の改新がありました。皇極天皇4年(645年)6月12日、飛鳥板蓋宮にて中大兄皇子や中臣鎌足らが実行犯となり蘇我入鹿を暗殺した、まさにその犯行現場です。僕と娘で、暗殺ごっこをして遊びました。

 

 

・168:石舞台

石舞台古墳です。蘇我馬子の墓説が有力。尚、実際に訪問しないと分からないことは、この古墳には堀があること。そして、ボランティアガイドさんの話によれば、「なぜ盛り土が早期に失われたかだが、周りの田んぼに土を入れるために削り取った為」という説明でした。

 

 

・169:天武・持統天皇陵

これは僕の希望で訪問。僕が好きな天皇の中の筆頭格が、持統天皇だからです。当時、日本は仏教勢力に塗り替えられようとしていましたが、伊勢神宮と式年遷宮と言う形で、当時のままに残してくれました。日本の歴史上、持統天皇ほど長期的な視野をもったプロジェクトマネージャーは、いないのではないかと僕は考えています。

 

 

・170:高松塚古墳

彩色壁画で有名です。そして、その後の保存の失敗も含めて、教訓が多い場所です。実際に訪問することで、状況が良く分かりました。彩色壁画発見のきっかけは、昭和40年代後半に「地元の人が墳丘の南斜面で作物貯蔵用の穴を掘ったところ凝灰岩の切石を発見」したことです。僕個人としては、女子群像の動きがある描写が大好きなので、レプリカのある「高松塚壁画館」で楽しみました。

 

 

・171:キトラ古墳

最後の訪問先です。僕にとって最大の謎だったのが、「なんで、キトラというカタカナなのか?」でしたが、これは発見当時まで当時の人に口伝で伝わっていたこの場所の名前が「キトラ」だったので、推測に基づく漢字は当てずにカタカナ表記をしているということでした。キトラ古墳壁画も保存に苦労していますが、「石室の上に塗られた漆喰の上に壁画がかかれているが、湿度100%の石室内では、この漆喰は生クリーム状」という説明を見て、保存作業に従事している方の苦労のほどが良く分かりました。生クリームの上に書かれた絵。

 

 

■写真集:

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★現時点の立ち位置:
・資源配分比率:サピックス70%、中学入学後30%
①公文:数学K20・国語K100で冬眠【2020年1月から】
②公文:英語II/上位20%【2020年8月5日から】
③算数:塾カリキュラムでオントラック
④語彙:パス単準2級+言葉ナビ下巻
⑤漢字:小5の深堀り中

 

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Posted by senki