小5/博物館/121:北町奉行所と南町奉行所
2020年5月3日(日)。
サイクリングの思い出話。
僕:「そろそろ、幕府の組織体制を理解しておこう。歴史ドラマなどで特に重要になってくるのが、警察組織である町奉行の制度だ。これは、北町奉行所と南町奉行所を理解するのが早い。」
娘:「へえ、少しテレビで見たことがある"遠山の金さん"の世界だね!」
僕が厳選した資料を娘が読みこみ、以下をインプット。
・江戸幕府の組織体制は、家光のころにほぼ完成。
将軍
→大老(臨時設置なので、江戸時代に10名しかいない)
→老中(→大目付・大番頭・町奉行・勘定奉行・城代・遠国奉行)
→側用人
→若年寄
→寺社奉行
→京都所司代
→大阪城代
・老中は最重要役職。老中のトップは老中首座。老中は複数人が任命sれ、一般的な業務は毎月の当番(月番制)で担当。重要な案件は合議で決定。
・町奉行は旗本から選ばれる江戸の民政を担当する役職。北町奉行と南町奉行の2つ。老中と同じく、月番制。
・江戸幕府の組織設計は「合議制」(=複数の人)と「権力分散」(=月番制で更に分散)と「花と実の両方を与えないこと」(=老中には経済力が無い小大名を配置)。「月番制」は、複数の老中が毎月毎に担当するので、老中の一人が独走できない様にした。
・町部長も2名体制の月番制。
・町奉行は10:00頃には江戸城に登場し、老中と打ち合わせ、午後は奉行所で決裁や裁判。
・町奉行が独自に判断できるのは重追放までで、それ以上は老中の決裁。遠山の金さんが連発する"打首獄門"は実際には不可能。
・町奉行は激務なので過労死も多かった。
・町奉行の組織は、町奉行1名→与力25名ずつ→同心100名ずつ→目明し(岡っ引き)を雇う。50~100万人の江戸人口を合計250名程度(+目明し)で治安維持。
・町奉行の管轄地域は「御府内」(=町屋敷のある地域)。明治時代の東京市と概ね同じ範囲。
・御府内の面積は、武家地が6割、寺社地が2割、町地が2割。町奉行は町地の2割を管轄。
娘:「家光はほんと賢いね!鎌倉幕府が執権が1名体制で実力を持ったがゆえに、将軍が飾り物になってしまったことを教訓に、組織設計をしているんだね!とにかく、権力を分散!」
僕:「すごいよね。そして月番制という制度まで考えている。天海が家光にアドバイスしたのではないかな。設計が優れているよね。ところで、現代社会の権力の分散ってなんだと思う?」
娘:「三権分立。」
僕:「そうだね。18世紀にフランスのモンテスキューが考えたアイデアだ。」
■写真集:
★現時点の立ち位置:
・資源配分比率:サピックス70%、中学入学後30%
①公文:数学K20・国語K100で冬眠【2020年1月から】
②公文:英語HI/上位45%【2020年3月10日から】




















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