小5/歴史小説/003:『間宮林蔵』(吉村昭)

2020年05月(小5)


2020年5月5日(火・祝)。

 

基本的に僕が先に読み、娘にはその後にして貰おうと思います。僕の仕事が増えるが、、仕方ないですね。昔読んだことがある本ですが、流石にdetailは忘れているので再読。

 

以下はメモ。

 

・間宮林蔵は茨城県つくばみらい市にて誕生。農民出身。

・当時、幕府の下級役人として、択捉島の測量をしていた。その際に、ロシア船に襲撃される。

・襲撃された際、ただ一人だけ戦う意思を持っていたことが幕府に評価され、当時、世界地図の空白地域であった樺太の探検に出発。

・伊能忠敬の家に一時期同居し、直接測量の指導を受けた。

・間宮林蔵はアイヌ語も理解し、また脚気にならないようにアイヌの食生活も獲得し、かつ健脚と頑強な肉体を持っていた。

・アイヌ人の協力を得ながら、樺太北端に到達。アムール川河口の間宮海峡は水深が2m無い浅瀬なので、諸外国の大型船は北上できなかった。しかし、間宮はアイヌの小舟で到達。

・探検終了後、間宮林蔵は樺太と蝦夷地の地図(「蝦夷全図」)を幕府に提出。出世する。

・外国船問題が多発することにより、間宮林蔵の調査能力は幕府に高く評価され、隠密として働くようになる。日本中を調査。

・日本に滞在していたシーボルト(ドイツ人なのだがオランダ人に偽装していた)が間宮の樺太調査のことを知り、贈り物を届けて接近。樺太の情報を盗もうとした。

・間宮は危険を察知し、贈り物を開封せずに上司に提出。これが理由で、「シーボルト事件の密告者」という噂が流れる。

・その後、オランダ船が難破したことで、シーボルトが伊能図などの地図を国外に持ち出そうとしていたことが発覚。シーボルトに地図を渡したのは、間宮の上司でもあった天文方高橋作左衛門。高橋は、伊能図(「大日本沿海輿地(よち)全図」と「輿地実測録」)を完成させた本人。

・高橋は伝馬町牢屋敷で獄死。

・間宮は幕府の隠密として長崎で活躍するが、密告者として恐れられ、晩年は世の中の評判は良くなかった。

・蝦夷地を開拓したい水戸藩徳川斉昭は間宮林蔵を重宝し、何度も直接話を聞いている。

・実質の引退後、大塩平八郎の乱→モリソン号事件→蛮社の獄を見てから、死去。

・尚、シーボルトは結果的に地図の複製をオランダに持ち帰ることに成功。1832年に『ニッポン』を出版。シーボルトは間宮林蔵を密告者として憎んでいたが、地理学の上で偉大な功績をあげたことを賞賛、樺太が島であることを発見して海峡であることを証明した世界で最初の人物として紹介し、「その海峡をマミヤの瀬戸1808(間宮海峡)」と名付けた。

・間宮林蔵は日本人で唯一、世界地図に名を残すことになった。

 

僕:「ちなみに、薪水給与令のマキだが、どうして外国船は必要だったと思う?」

 

娘:「捕鯨船でしょ?蒸気船の燃料にするから。」

 

僕:「違う。捕鯨船は鯨の脂肪から油をとるのに、船の上で煮る必要があったからだ。」

 

娘:「だからか!」

 

読む順序の理想としては、『冬の鷹』(蘭学発展の原点)→『間宮林蔵』(捕鯨船出没という外国問題の深刻化)→『長英逃亡』(幕府の対外政策の動揺)、がいいですね。

 

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⑤漢字:小5の深堀り中

 

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Posted by senki