小6/歴史:「歴旅」さんとのコラボ (9) 平成29年桜蔭中学校社会より お茶の歴史 ②

2021年10月(小6)

2021年10月24日(日)。

 

歴旅-中学受験難関校へのぶらり旅-」さんに娘向けの家庭教師としてコンテンツを製作頂き、それを2022年組に開放するプロジェクトです。みんなで歴史に強くなりましょう!

 

しばらく前に歴旅さんと話をしてコンセプトを決めましたが、「学力の上限が存在しない開成・桜蔭・渋幕の合否を分ける社会の1問に特化」した形で分析頂くことにしています。

 

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日本で一番古い喫茶に関する記述は、平安時代初期の僧侶が嵯峨天皇にふるまったというものです。茶は中国から伝わりましたが、当初日本では僧侶や貴族などごくわずかな人たちにしか知られていませんでした。鎌倉時代には、禅宗の僧侶栄西が記した日本発の茶の専門書『喫茶養生記』が、三代将軍源実朝に献上されました。日本最古の茶園が作られたのもこの頃だといわれています。鎌倉時代には禅宗の寺院で喫茶の習慣が広がり、社交場として武士階級にも好まれるようになっていきました。

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=quote=

この『茶の湯』。戦国時代に様々な意味を持って扱われます。どんなかというと、ざっくり下記4点です。

 

①茶器のブランディングと特別褒賞品
②臣下のモチベーションアップ策
③茶会の政治イベント化
④平和を楽しむ天下平治の道具



茶の湯は開催できる人物が相当限られ、実施するにあたって家臣は大変な誉れと感じるものでした。この時代背景には、戦国時代に戦争と領土の取り合いに明け暮れていた武将が、次第に平和の方向にシフトしていくのに必要な仕組みでもありました。

 

茶の湯そのものは平和の象徴でもあります。戦争しないでゆっくりと茶を嗜む

 

「そんな平和な時代を作れるのは俺だ!」

 

というのが茶会を開ける武将の位置づけだったのでしょう。

 

また、そんな茶会に招かれて、家臣も栄誉を感じます。

 

「殿の下で天下泰平を作るために粉骨砕身戦います!」

 

と思ったかもしれません。

=unquote=

 

おー、これは面白いですね!

 

つまり、「戦国時代→平和」という時代の変化の中で、武将としての評価基準が「戦闘力→文化力」にシフトする中のツールとしての茶会、という読み方ですね。つまり、千利休のような文化人の登場は必然だったことになります。千利休でなくても、誰かが同じポジションを担ったのでしょうね。

 

 

 

 

★現時点の立ち位置:
・資源配分比率:中学受験90%、中学入学後10%
①公文:数学K20・国語K100で冬眠【2020年1月から】
②公文:英語KI/上位5%【2021年8月6日から】

 

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Posted by senki