小6/歴史:「歴旅」さんとのコラボ (4) 2018年豊島岡第1回社会より→江戸の農業④⑤
2021年9月3日(金)。
「歴旅-中学受験難関校へのぶらり旅-」さんに娘向けの家庭教師としてコンテンツを製作頂き、それを2022年組に開放するプロジェクトです。みんなで歴史に強くなりましょう!
====
■2018年豊島岡第1回社会
大問3
問7.下線部(キ)に関連して、江戸時代の農業・商業について説明した次の文のうち、あやまっているものを一つ選び番号で答えなさい。
1.幕府は新田開発に力を入れ、江戸時代中期の耕地の面積は初期の約2倍に増えた
2.米以外の作物を自由に栽培することは禁止され、商品として売る作物は作られなかった
3.大坂(阪)には全国の生産物が多く集められ、「天下の台所」と呼ばれた
4.株仲間という有力な商人の同業組合が結成され、営業を独占して大きな利益を得た
====
今日の記事も滅茶苦茶面白い。江戸時代の農業が発展した本質について、学ぶことができました。
歴旅さんが解説している「農業の生産性向上→余剰時間の発生→夜の家庭内手工業→現金獲得→生産原料の消費→商品の消費→特産品も売れるし農業の生産性向上」というサイクルについても理解しておかないと、御三家社会が求める思考力に対応できないでしょうね。
農民の休日数なんて、僕は考えたことがありませんでした。搾取される対象としてのイメージが強かったのですが、よく考えたら搾取され過ぎていたら、お伊勢参りもお祭りもできないですよね。
=quote=
日本の農民は小作人以外、農奴的立場を離れて自立経営ができる状態となり、伊勢参りなど他国に旅行だってできました。物見遊山なんて、ヨーロッパの農奴だったら絶対不可能です。だいぶ自由だったんですね。年間の休日も多くは30~60日。仙台藩では80日。経済的にも時間的にも比較的自由。
祭りなんかもできますね。メリハリが付けられるので生産と消費の日を分け、ハレとケの文化を作る事が出来た。もちろん現代とは比べ物になりませんが、思ったより楽しい農村だらけだったのではと思います。
士農工商の身分の差はありましたが、実際は商人が大名にもお金を貸していた。侍が下の階級に頭を下げなければならない局面もあった。山形県の本間家は上杉家にお金を貸してました。
「本間様とは言わないが、せめてなりたやお殿様」
と言われるくらいの勢力を誇り、今も山形医師会、市長などを務め地域を支えています。
=unquote=
★現時点の立ち位置:
・資源配分比率:中学受験90%、中学入学後10%
①公文:数学K20・国語K100で冬眠【2020年1月から】
②公文:英語KI/上位6%【2021年8月6日から】









ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません