小5/博物館/181:「桜田門外の変」の決行当日ルートサイクリング(愛宕山→桜田門)
2020年10月31日(土)。
本日から160年前の、安政7年3月3日(1860年3月24日)。日本の歴史のターニングポイントとなった桜田門外の変の「当日のルート」をサイクリングする企画を実行しました。
結論として、以下ルートになります。出所は、吉村昭の『桜田門外ノ変(下)』です。娘に再読してもらい、ルートを解読してもらいました。

それでは、安政の世の中(=吉村昭の文章)と、令和時代の世の中(=写真)のコラボをお楽しみください。吉村昭に敬意を表し、また将来日本を引っ張るリーダーとなる中学受験生が吉村昭の歴史小説を読むことを期待し、該当箇所を引用させて頂きます。
=quote=
(p.102より)
鉄之介は、鳥居をくぐって雪の積もった石段をのぼっていった。




山上には愛宕権現の社があって、かたわらに茶屋があり、縁台に腰かけている多くの男の姿が見えた。鉄之介は、それらが同志たちであるのを眼にして近づいた。煙管を手にしている者もいれば茶を飲んでいる者もいる。
先発で山上に来た大関の話によると、山上には山番人がいたので、その男に立てかけてあった茶屋の縁台を借りて腰をおろした。また、煙管の火をもとめ茶も出してもらった。さらに、寒さしのぎに酒を飲もうと思い、二朱の金を渡して一升買ってきてくれるようにたのみ、番人は女坂を下っていったという。
鉄之介は、人員をたしかめた。
品川にはこなかった増子金八と薩摩藩士有村次左衛門の顔も見え、総勢十八名で、全員がそろっているいるのを確認した。


かれは、大関が番人に酒を買いにやらせたと言うが、万が一にも井伊大老の駕籠(かご)が桜田門から城中に入る時刻におくれては、すべてが水泡に帰する、と思った。
「このような大雪では時間がかかる。酒を買ってくるのを待ってはいられない。これよりただちに桜田門外へ・・・」
かれは、一同を見わたした。
うなずいた彼らは、腰をあげ、三、四人ずつ茶店を出てゆく。
鉄之介は、有村(=薩摩藩士有村次左衛門)に近づき目札した。水戸藩士たちの中で、ただ一人参加する薩摩藩士であった。

「佐藤鉄三郎殿とは、この愛宕山の下で別れました。佐藤殿は、そのまま桜田門外にゆくと言って・・・」
有村は言うと、着物の衿を少しはだけてみせた。その下には竹刀剣術の稽古に使う竹胴がのぞいていた。
有村は眼に笑いの色をうかべると、傘をひろげて雪の中に出ていった。
鉄之介は、かれらがすべて去るのを見とどけてから、岡部と連れ立って茶屋をはなれ、雪の積もった男坂を用心深くくだった。積雪は増していて、下駄の歯に雪がつまり、歩くのに難儀であった。

鳥居をくぐって左手の道をゆくと、左右に大名の屋敷の塀がつづいている。

濠(ほり=外堀)にかけられた新橋(あたらしばし)を渡ると、

そこからも両側は大名屋敷で、喘息持ちの稲田が同志たちにおくれて一人歩いてゆくのが見えた。雪は、勢いを衰えさせない。



やがて、前方に桜田門が降雪の中にかすんでみえてきた。






=unquote=
娘:「いやー、面白いね。桜田烈士の気分になり、サイクリングができた。大名屋敷は、今は官庁街になっているんだね。吉村昭の文章はほんといいね。」
あれから160年後の桜田門が、秋空に映えていました。桜田門外の変から僅か8年後が、明治維新です。

親子での歴史探訪サイクリング。小学校生活の思い出になりますので、お勧めです。

★現時点の立ち位置:
・資源配分比率:サピックス70%、中学入学後30%
①公文:数学K20・国語K100で冬眠【2020年1月から】
②公文:英語III/上位20%【2020年10月17日から】
③算数:塾カリキュラムでオントラック
④語彙:パス単準2級+言葉ナビ下巻
⑤漢字:小5の深堀り中








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